ある、ある、ある

中村久子物語明治30年、釜鳴栄太郎、あやの長女として生まれた久子は、幼い頃に突発性脱疽(だっそ)という病で、両手両足を失います。

7歳の時に、心の支えである父・栄太郎が亡くなります。当時の貧しい時代のこと、母娘だけで生活していくことは困難極まりなく、母あやは再婚。


傷口の痛みに耐え兼ねて泣きつづけ、手のかかる久子を抱え、再婚先の家で神経をすり減らすあやは、次第に追い詰められていきます。

そんなある日、今度は失明の危機が久子を襲い、つらい悲劇が続く人生に疲れたあやは、中村久子 物語久子を連れて心中しようと濁流渦まく川へ向かいます。

久子の悲痛な叫びで我にかえったあやは、必死の看病を続け、奇跡的に久子の目は回復しました。


この頃より、あやは自分がいなくなった後、残された久子が一人で生きていけるようにと、厳しい躾を始めます。


やがて成長した久子は、内職までも出来るほど日常のほとんどのことが出来るようになっていましたが、貧しさゆえ、見世物小屋に身売りをして、芸人(だるま娘)として興行の世界で生計をたてることを決意します。中村久子 物語



やがて結婚、出産し、元気に駈けまわる子供たちの姿を見ていたとき、ふと恨みつづけた厳しい母・あやの深い愛に気付きます。

久子が晩年に到達した「ある ある ある」の境地とは・・・?

copyright@2008Total Health Design. All rights reserved